いたわり
「伯父さん、そんなこと言ったんだ……」
と絢子が呟く。チカと駅前のカフェの席で向かい合って座っている。
「ひどいね」
しかしチカは首を横に振る。
「でも、私のせいだから……」
蚊の鳴くような声だ。
「私ってホント昔から要領悪くて、ドジで、間抜けで……」
「そこまで言わなくても……」
「それなのに集中力なくて、うっかりミスが多くて、好きな事意外に頭が回らなくて……」
「それは確かにそうかも」
「だからこんな私が職人なんて……やっぱ無理だったのかな?」
チカはめそめそしだす。
「だけどせっかく任せてもらえたお仏壇を……大切にしてこられたお仏壇を、こんな風にしてしちゃったのが、ジュンちゃんのお婆ちゃんにも、申し訳なくって……」
絢子、何も言わずハンカチを差し出す。
すると突然、絢子のスマホが鳴った。
「うん、何? うん……」
ちらっとチカを見る。
「うん、いるよ」
チカはギョッとした顔をする。絢子は電話を切った。
「伯父さんが心配してウチに来たって」
野川家の座敷に玄野と絢子の家族が向かい合って座っている。父、母、祖母、そして絢子の傍らにはチカが固く握りしめた拳を膝の上に乗せ、面を上げず縮こまって玄野の話を聞いている。
「あれだけきつく言ってまいましたんわ、今、長浜仏壇は相当苦しい状態やからなんですわ……もう地元での仕事では食うてけへんぐらいで、身内や業者さんから仕事を紹介してもろて何とかやってる状態なんです……それでもこの頃はもたへんで、潰れたり開店休業してる店もあります」
玄野の話す様子は苦しげだ。
「そら、チカちゃんみたいな若い女の子がこの仕事を覚えたい言うて来てくれたときは嬉しかったです。跡継ぎもおりませんでしたし。でも、それでも荷が重すぎるんです。一人の女の子が、ただ好きやからいうてやっていけるだけの余裕がもうこの業界にはもう無(の)ぉなってきとるんです」
一同は押し黙っている。
「だから、それだけの力を付けさせてあげなあかん思てるんです、独り立ちするまでは。中途半端ではやってけへんと思てるんです。せやから、今回これだけきつく叱りつけてまいましたんやけど……まさか、そちらの御厄介になっているとは……重ね重ね申し訳ない」
と玄野は頭を下げる。チカも慌てて絢子の家族に向かって頭を下げた。
絢子の父が「兄貴……」と手を差し延ばす。
絢子の祖母が口を開く。
「玄野さん、顔上げておくれやす」
そしてチカの方を向き、
「チカさん」
チカがビクッと肩を震わせ、恐る恐る面を上げる。
「ウチは昔から呉服店を経営しとりますんや」
「……はい」
「長浜は昔から浜縮緬いうて絹の織物が有名やってな。私らの若い時分は晴れ着いうたら着物やで、そらよう売れてくれとりましたんや……やけど段々廃れてまいましてな」
一同、静かに話を聞いている。
「ほれでも今まで何とか上手くやっていけたんわ、ウチの主人が頑張ってくれたからなんや。若い時分から働き詰めで、隠居したとたんコロリと逝ってまいましたけど……ほやからせめて、遅すぎたかもしれへんけど、出来んかった贅沢させてあげよう思て、お仏壇のお洗濯を頼みましたんや……私もいつか、入るとこですさかいな。ほやからいい加減な仕事されても困りますんや」
チカ、グッと息が詰まる。
「ホンマにこの仕事、ちゃんとやってくれますんか?」
チカは再び頭を下げ、
「この度は大変ご迷惑おかけいたしました。もしお許し頂けるなら、もう一度機会をください。よろしくお願いします!」
しばし沈黙が流れる。
絢子の祖母はチカへと近寄り、
「わかりました」
とチカの床についている手を取る。
「若い娘さんが、これだけ手を汚して頑張ってくれてるんやさかい。も少し待ちましょう」
面を上げたチカの瞳は潤んでいる。
「きっと立派に仕上げてくれるんやもんね?」
「はい……はい!」
チカは祖母の手をギュッと握りしめる。