創意
作業を一区切りさせたチカと絢子が、一階の縁側に腰掛けている。
「結構やること多いんだね」
「まだだよ。あの塗ったものをまた砥いで塗って、砥いで塗ってってくり返すんだから」
絢子は感心した様子で、
「すごいね、すっかり一人前みたい。最初に伯父さんのとこで働かせてほしいって言い出した時はすぐに諦めるって思ってたけど」
「なにそれ~」
とチカは笑う。
「まだ一年程なのにね」
「一年半ね。普通塗らせて貰えるまで砥ぎ三年って言われているんだから!」
と、どや顔のチカ。
「へぇ、すごい。天才」
と絢子は軽くあしらう。
チカは意味ありげに舌を出すと、
「ウソ。実は秘密の特訓してるからなんだ」
とはにかむ。
チカは玄野家に住み込みで働いている。絢子は二階のチカの部屋へと通された。六畳の日本間で、窓際には工房と同じような文机が置かれている。
チカは文机の上に特訓の成果を並べる。
「すごい、何これ!」
漆で塗られた小物がずらりと並ぶ。大半が金具と紐が付いた根付などのアクセサリーらしい。
「実は仕事が終わってから夜な夜なね。ほらこの仕事研修とかないから、いきなりの実践でも困らないように練習がてら作ったんだ。自分で練習しない奴はいつまで経っても上手くならないって玄野さんに言われているしね」
チカは胸を張る。
「大変な仕事だね」
と絢子はアマド型の根付を手に取る。
「あれ、これってさっきのお仏壇の形?」
小物の多くが仏壇の部材の形をしている。
「なんで?」
「実はね……」
チカも小物に触れ、
「私、長浜仏壇の事、もっと世の中の人に知ってほしいって思ってるんだ」
としみじみと呟く。
「長浜仏壇って、長浜の真のシンボルだと思うんだ。曳山だって、長浜のお仏壇の技術で出来ているんだから」
「うん。結構似てるもんね」
「そうだよ。全部の部材が漆塗りで、金箔張りの板、金粉や貝殻を使って描かれる蒔絵、漆を艶々に磨き上げる呂(ろ)色(いろ)、分厚い飾り金具、手彫りの彫刻! 釘を使わずに組み立てるっていうところまで一緒なんだから! 長浜仏壇だけだよ。こんな大きくって豪華なお仏壇がどこの家庭にも置かれていたのって!」
一気にまくしたてられ絢子は気圧される。
「だけど最近は仏壇離れでさ……」
「そうか。今風の新しい家にあんな大きな仏壇、置けないもんね」
「うん。だから最近売れるよりも、処分してくださいっていう問い合わせの方が多いんだ」
「それはちょっとね……」
「時代の流れだから仕方がないけど、でも寂しくて……だって、今まで大切に受け継がれてきたものなんだから。家を守って貰うために、親から子、子から孫にって受け継がれていったものなんだから……」
とチカは立ち上がり、
「だから私、皆に身近に感じて貰いたいの、お仏壇のこと……今まで表に出てこなかったけど、これこそ真の長浜の名産なんだって!」
そして手に取っていた漆の小物を掲げる。
「だから私、一人前になったら、こうやって自分で作った小物とかを売るお店を作りたいの! 黒壁の通りの目立つところにっ!」
黒壁は北国街道の美観地区と趣向を凝らした店舗が立ち並ぶ、長浜一の観光名所である。
「誰にでも手を取って貰える物になったら、そこからお仏壇や漆塗りにもきっと興味を持って貰えるはずっ!」
絢子は怪訝そうに、
「つ、継がないの?」
「継がせて貰えるかは別にして!」
絢子、気圧されつつも漆の小物をまじまじと眺める。
「売るの、これ?」
「……ダメ、かなぁ?」
とチカは不安げに首を傾げる。