工夫
「ダメじゃないけど、この金具とかどうなのかな?」
絢子がS字型の金具を指差す。カレンダーを壁にひかけるような金具がどの小物にもついている。
「ヒートンのこと?」
とチカが尋ねる。
「正直安っぽいし、汚れているし」
金具の所々が漆で汚れている。
「でも他に安くて良いのがなくて」
「何円で売る予定なの?」
「千円は欲しいけど、奮発して六百円!」
「……」
「じゃないと手間代にもならないよ」
「元は仕事の練習に作ってたやつでしょ?」
絢子はため息をつく。
「夢のお店への道は遠そうね」
「で、でもっ! 来週にはここにお店出すんだから」
と一枚のチラシを見せられる絢子。
「アートイン長浜……あ、もう来週なの?」
「うん、抽選に申し込んだら当たったんだ」
「すごいね、倍率高いんでしょ?」
「そこはほら、新進の気鋭作家だから!」
とチカは胸を張る。
「でもこのイベント、結構レベル高いよ。全国から二百組ぐらい作家さんが集まるんだから。競争率高くない?」
「それだけお客さんも色んなとこから来てくれるからアピールのし甲斐があるじゃん!」
とチカは握り拳作り、
「手作りの雑貨市で、街一丸になってこれだけ大きなイベントやれるなんて、さすが工芸品の町、長浜。やりがいあるわ!」
「……あんたはいっつも楽しそうね」
と、あきれ顔の絢子。
「まぁ、まずこれ何とかしないとね」
と金具を指す。
「せめて、何かで隠したら?」
「それ!」
と今度はチカが絢子を指差す。絢子は鬱陶しそうに指された指を払いのける。
「そうそう、上手い上手い」
とガラス職人の青年、火村が絢子とチカの作業を見守る。
二人がいるのは黒壁のガラス製作体験工房である。色ガラスをバーナーで溶かし、小さな芯棒に巻きつける。真っ赤に燃える球が垂れないように宙でクルクル回す。
「完成!」
一センチ大のトンボ玉が出来上がった。
「見てジュンちゃん! 穴を大きくしたから金具が隠れるよ」
「ほんと、綺麗だしイイ感じ」
「長浜らしいコラボレーションだしね!」
「う~ん……でもトンボ玉が大きくてそっちの方が主役で、漆の方がオマケみたい」
「ううう……」
チカが肩を落とす。
「まぁ、これならガラスのビーズの方がいいわな」
と火村がチカを諭す。
「こんな風に紐や金具の周りに通すと……悪くないだろ?」
黒い本体を取り巻く深い蒼や緑のビーズが互いにマッチしている。
「本当、これイイ!」
とチカが嬉しそうに飛び跳ねる。
「これ、おいくらですか?」
と絢子は尋ねる。
「こんだけで四、五百円は欲しいな」
チカと絢子は凍り付く。
そんな二人を見て火村はため息をつき、
「仕方がないな」
と呟くと、紙の小箱を取り出す。
「売り物にならない訳アリ品だ」
蓋を開けるとビーズがいっぱい入っていた。
「何かに使えると思ってためておいたけど、チカちゃんなら何か面白いことに使ってくれるだろ? やるよ」
絢子とチカは街角のカフェのテラスで寛いでいる。
「いや~、火村さんやっぱいい人だよね!」
とチカは貰ったビーズをうっとりと眺めている。
絢子はニヤケながら、
「二人って、もしかしてそういう仲?」
「そういうって?」
ポカンとするチカ、少し間を置いて噴き出し、
「違う違う。ただの同じ市民団体の仲間だよ」
「市民団体?」
「うん。移住してきた人と元から長浜に住んでいる人が、一緒に長浜を盛り上げようっていう会でね。地元のこと色々教えてもらう代わりに、町おこしに協力したりするの」
「そんな会があるんだ?」
「うん。町の人と仲良くなれるし、マルシェとかで出店したりするとアピールになるからね。ほら、長浜って、夢持って移り住む人が多いから。自分のお店持つとかね」
と微笑むチカ。
「黒壁って独特なお店が多いでしょ。きっとその自由な感じが好きで、みんな集まってきたんだと思うんだ」