黒い指
「ありがとうジュンちゃん。今日はつきあってくれて」
とチカが頭を下げる。
「ううん。今日は珍しい事させて貰ったっていうか、違う長浜の一面を知れたから……」
微笑むチカと目が合う。
絢子は照れ隠しに飲み物を飲み干し、
「そろそろ帰ろうか?」
と立ち上がる。
「うん。今度の土日、お店出すから来てね!」
絢子は立ち止まるとやや躊躇しつつ、
「よかったら他に何か手伝える事って、ないかな?」
「え?」
絢子は慌てて顔の前で手を振りつつ、
「いや、実は私、当日そんなに長くいられないからさ。だけどせっかくだから、もうちょっと応援してあげたいなって……」
チカは心配そうに、
「忙しいの?」
「ちょっと用事があってね」
「そうなんだ……」
チカは手を合わせ、
「じゃあよかったら朝、お店出すのを手伝ってくれない? ディスプレイとか、テント運んだり、私一人だと結構大変そうなんだ」
「……わかった、いいよ」
「やった、ジュンちゃんありがとう!」
とチカは絢子の手を取って飛び跳ねる。
するとチカはふと気づき、
「あ、ごめん」
と手を離す。怪訝そうな絢子。
「お礼にここの分だけでも払わせてね!」
「いいよ、そんな」
二人はレジに向かう。
チカは財布を取り出し小銭をつまみ出すと、肩掛け鞄から薄手の手袋を取り出し、わざわざはめてから店員に代金を渡す。
店を出るとチカは手袋を取った。
「はい、これ」
と絢子は代金を渡そうとする。
「大丈夫だよ」
「ううん。もらって」
「そう……ありがとう」
と再び手袋をはめようとする。
「どうしてわざわざ手袋はめるの?」
と絢子は尋ねる。
チカは気恥ずかしそうに俯き、
「だってほら、手が汚れているから」
と両手を広げて見せる。チカの手は相変わらず黒く汚れている。
「一応キレイに拭いているんだけど、やっぱ中々落ちないんだよね」
と指を軽くなで、
「師匠の玄野さんにもよく言われてるんだ……手が汚いうちはまだ半人前だって。その手で品物を持つと汚しちゃうからだって」
拳を作り、手のひらを隠す。
「だから買い物に行く時は手袋しているんだ。時々レジで嫌な顔する人がいるからさ。移んないし、分かってもらえたらいいんだけど、一応……ね」
無言で聞いていた絢子。
突然手を伸ばし、チカの手を取る。
「!」
そしてチカの手を見詰めながら呟く。
「働いてきた手なんだね」
チカの手がビクッと震える。
「誰でも、頑張ってきた手なんだなぁって分かるよ。だからそんな恥ずかしがることなんてないんだよ」
チカは息を飲む。手がゆっくりと開く。
「ありがとう、ジュンちゃん」
とチカは目を細めた。