友達
アートイン長浜当日の朝。絢子とチカは台車を曳いて会場へとやってきた。
「みんな、朝から早いね」
と絢子は辺りを見渡す。長浜の観光地・黒壁がこのイベントの為に交通規制され、早速通りの真ん中で出店の準備をしている人たちがあちこちにいる。
「ジュンちゃん、体調悪いの?」
とマスクをつけた絢子の顔を覗き込む。
「別に」
「ふぅん? 無理しちゃダメだよ」
バツ悪そうな絢子の表情。
二人は曳山博物館の裏手の路地で足を止め、資材を下ろす。
「いい場所が取れたんだね」
二人はテントを取り出し設置する。テントといっても屋根だけの簡素なもので、ワンタッチで立ち上がる。囲むように立てかけたボードに画びょうやヒートンを刺し、ストラップをかけて陳列する。最後に折り畳み式の机と椅子を置く。
「出来たねー」
「写真撮ろうよ」
と絢子はスマホを構える。二人は店や商品を撮りまくり、最後に自撮りする。
「もうそろそろ時間だね」
と絢子はスマホを片付ける。
「もう十時なの?」
「それじゃあ私、行くから。しっかりね」
と絢子は手を振り、去ろうとする。
「うん……」
とチカは寂し気な表情を見せつつも、
「色々手伝ってくれて、ありがとう!」
と笑顔で絢子を見送る。
絢子は部屋に戻るとノートパソコンを開いた。
メールチェックを終えると、パソコンでの絵描きに没頭する。あっという間に昼を過ぎた。
休みだが家族は留守にしている。炊飯器を開いてもご飯は炊けていない。絢子は仕方がなく財布を持って家を出た。
絢子がパン屋の袋を携え、黒壁の前を通りかかった。やはり全国有数の大規模な雑貨市らしく、通りは人ごみで溢れている。
絢子は足を止めると、躊躇いつつも雑踏の中へと足を踏み入れた。
絢子はチカの店へとたどり着いた。イスに腰掛けるチカが見える。声をかけようとしたが……やめた。
辺りの店には足を止め品定めする人がいるのに、チカの店はがらんとしている。行き交う人は遠巻きにするだけだ。新人作家の、見慣れない品だとそういうものなのだろうか? ともかくチカは寂し気に俯いたままだ。
見ていられなくなった絢子はその場を去り、家に帰るとパソコンを開き、スマホと繋げた。
手慣れた様子でDTPアプリを開くと、パソコン上に表示された真白な紙の上に、今朝撮影した写真などを次々と貼り付けていき、キーボードを叩く。
二時を過ぎた頃、遅めの昼をもそもそと食べていたチカに、お客さんがやってきた。
「あの、このお店って、ここで合ってます?」
と一枚のビラを差し出される。チカは怪訝な面持ちで確かめると、血相を変えて急に立ち上がり、
「これ、どこで受け取ったんですか!?」
とお客さんに詰め寄る。
チカが黒壁を走る。お客さんから聞いたビラを配る人がいるという会場の入口へとたどり着くと、言葉を失った。
そこにはビラを抱え、通りを行き交う人へと渡していく絢子の姿があった。マスクをつけ、少し恥ずかしそうにしながらも、山のようなビラを懸命に配っている。
チカは駆け出し、背後から絢子の肩を抱きしめる。
驚いて悲鳴を上げる絢子。
「ジュンちゃん、ジュンちゃん!」
「ち、チカ?」
「ありがとう……ありがとぉ~」
「いたい……痛いって、チカ」
顔を埋めるチカの表情を、抱きしめられた絢子から窺うことは出来なかった。