過去

「SNS見たで~! これが漆のアクセかぁ~。ほんま最近チカちゃん会合に来ぉへんからどうしているかって皆で噂してたんやで?」
「最近忙しかったですから」
 チカは照れ笑いし、
「今日はイベントのお手伝いですか?」
「ボランティアでね。要請があったから……」
「あ、ジュンちゃん。この人たち前に説明した長浜を盛り上げる市民団体の人たち。移住してきた人じゃなくて、昔から長浜に住んでらっしゃる方!」
 すると突然、
「あれ? そこにいるの野川さんじゃない?」
 と一人の男性が絢子を指さす。
「本当だ、絢ちゃんじゃない。どうしてたの?」
 と女性が一人駆け寄る。
「あ、あの……」
 と強張る絢子。
「覚えてない? 小中一緒だった今庄だけど」
「あ、うん。ひさし……ぶり」
「卒業してからどうしてたの? ずっと長浜にいてたの? 今度同窓会あるの知ってた?」
「う、ううん。ごめん……」
「どうしたの、具合が悪いの?」
 とマスクの奥の瞳を覗かれる。
 すると突如絢子は踵を返し、その場を走り去る。
「ジュンちゃん⁉」
 驚くチカ、手を差し延ばすも状況が飲み込めず、とっさに足は動かない。絢子は雑踏の中に紛れ込もうとしている。
「野川絢子って、あの?」
「あぁ、中学から来ていなかった……」
 と、ひそひそ話が聞こえてくる。
「すみません皆さん、ちょっと失礼します!」
 チカは慌てて絢子の後を追いかける。

「ジュンちゃん!」
 絢子はひと気のない通りに佇んでいた。俯き、肩で息をしている。
「どうしたの、ジュンちゃん?」
 チカが追いつき、背後から声をかける。
「私、苦手なの。この町の人が……」
 絢子が呟く。
「実は私、不登校だった頃があってさ。中学二年の頃から、高校生になるまで……」
 チカは言葉が詰まる。
「こんな小さな町だから、どこ行っても人目につくからさ……家にいてもお母さんの小言が辛くても、段々と外に出れなくなって」
「……」
「その時、学校に行けない自分が情けなくて、辛くて……私の事を知っている人、誰にも見られたくないって思っていたから……何とか通えた高校は市外を、大学は県外を選んで、この町の誰とも遭わないようにしていたんの」
 絢子、振り返る。
「誰にも、私を見つけてほしくなかったから」
 マスクに隠し切れない声の震え、潤んだ瞳。
「本当は故郷に胸張って戻りたかったけど、ダメだね、やっぱ私……就職先でも、クライアントや職場の人と上手くやり取りできないで、結局ダメにしちゃった。情けない。自分が恥ずかしいよ、本当に……」
「そんなこと、言わないで!」
 とチカが言葉を制す。
「ゴメンね、私、ジュンちゃんにそんなことがあったなんて、知らなかった。無理させちゃって、ごめんね」
 絢子はただ俯いている。
「でも私、ジュンちゃんの良いとこ、いっぱい知っているよ。困っている人がいると親切にしてくれて、私だって今まで何回ジュンちゃんに助けてもらったか……」
「……」
「だけどジュンちゃんは私が迷惑かけても、いつも仕方がないなって受け流してくて……だから私達友達でいられたんだよ? だから自分が恥ずかしいなんて、言わないでよ……」
 チカの瞳も潤んでいる。
 息を飲む絢子。
「……ありがとう、チカ」
 チカ、絢子の手を取り、
「ね、今から戻ろう。これから長浜にいるんなら、怖がっていたらダメだよ」
 絢子は眉をひそめ、
「いや、だから私……」
「ね。あの人たち、悪気があった訳じゃないから。話したら分かって貰えるから、ね?」
「……やめて!」
 と絢子は手を振り払う。
「さっき嫌だって言ったばかりでしょ。何でいっつもそう強引なのかな? 本当迷惑!」
 チカは顔を歪め、
「だってジュンちゃん、ツラそうだから……」
「いいのよ、私はこれで!」
 と絢子は踵を返す。
「長浜にだって、居続ける気ないから。私にとって嫌な思い出しかないし。この町も、曳山も、見るだけムカムカする……大っ嫌い!」
 と吐き捨て、歩き出す。
「どうして⁉」
 とチカが叫ぶ。
「……この町で上手くやってるチカには、私みたいなもんの気持ち、分からへんよ」
 立ち去る絢子に何も言えず、立ち尽くすチカ。

カバかもん
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カバかもん

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