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わたしは絶句する。
どうして自分が絶句しているかわからない。ただ、わたしの意識とは裏腹に、身体は素直に反応する。額に汗が浮かび、動悸で胸が苦しくなる。勝手に震え出した両腕を鎮めようとして拳に力を入れる。それでも震えは止まらず焦ってしまう。次第に全身が発熱し、羞恥に似た心地悪さを覚える。
何か言い出さないといけないという気持ちに駆られ、わたしは乾き切った口を無理やり動かす。
「…………何よ、それ」
「何って、長浜ものがたり大賞のイベントでフィギュアを展示したいんだとさ。でも、おまえが転生してきたときに石田みつなり子(仮)のフィギュアがなくなったから、代わりのフィギュア造ってんだよ」
違う。わたしはそんなことを訊きたかったんじゃない。
「どうしたよ、また深刻そうな面して。ひょっとして、フィギュアの納品日でも気にしてんのか?」
だから、違う。そうじゃない。
「心配すんなって。締切にかなり余裕のある案件だし、試作品もあったからな」
試作品。
その言葉がわたしに致命傷を与える。
「…………どうして、造るの」
「いや、だから注文」
「そうじゃなくて!」
わたしはついに怒鳴って卓袱台を叩く。
「どうしてわたしがいるのに、造るのよ!」
居間が静まり返る。おじさんは不意を突かれたように固まっている。テレビから漏れる女の子の嬌声が癇に障る。わたしは乱暴に掴み取ったリモコンでテレビの電源を消して、リモコンを床に叩きつける。
「お、おい……どうしたんだよ」
おじさんがわたしを宥めようとする。その態度が余計に腹立たしい。
「どうかしてるのはそっちでしょ!」
わたしは我慢できずに怒鳴り続ける。
「なんでそんなことができるの! わたしがフィギュアだからって何とも思ってないわけないでしょ!」
「落ち着けって……」
おじさんがわたしに近寄って触れようとする。わたしはおじさんの手を払い除ける。おじさんはそれでもわたしから離れようとしない。
「おまえは元はフィギュアでも、今はもう石田三子だろ?」
おじさんの台詞を聞いて、わたしは苛立ちの原因に気付く。
わたし、自信がないんだ。
自分の存在が絶対だと思えないんだ。
わたしに石田三子を自称できるだけの自意識と生身の身体が備わっているからといって、わたしが人間であるとは限らない。おじさんはわたしが人間であるかのように接してくれているようだけれど、石田みつなり子(仮)のフィギュアという自分の生来をわたしは裏切れない。それがわたしを不安に陥れる事実だとしても、わたしにとって無視できないアイデンティティなのだから。
じゃあ、何?
結局、わたしには、量産されたり破棄されたりする程度の存在価値しかないってこと?
石田みつなり子(仮)というキャンペーンガールの知名度も、石田みつなり子(仮)のフィギュアの値段も、長浜の人気次第では暴落してしまうだろう。仮にそうなったとしても、長浜は石田みつなり子(仮)を在庫処分して、長浜ものがたり大賞とは別の宣伝事業に注力すればいい。
人の都合で造られたわたし。
欠けても替えがいるわたし。
わたしが今まで不安に苛まれていたのは何だったの?
人形の分際で人間みたいに苦悩するのは贅沢なの?
ふざけんな。
「……三子? 大丈夫か、おい?」
いつの間にか頭を抱えているわたしに、おじさんは動揺する。
おじさんの声を聞いて、わたしは反射的に疑念を抱く。
おじさんは、わたしより出来のいいフィギュアが造れたら嬉しい?
限界だった。
わたしはおじさんを振り払って居間から飛び出す。靴を蹴り上げるように履いて外に出る。どこに行けばいいのだろうと一瞬迷い、長浜駅に向かって走り出す。後ろ髪を引かれながらも、おじさんに追いつかれたくない一心で全力疾走する。
息切れの合間に、涙と嗚咽が漏れる。今のわたしは、きっと、出来損ないのフィギュアみたいに不細工な顔をしている。