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わたしは長浜駅に到着する。東口のエスカレーターで二階に運ばれ、自由通路の壁に寄りかかる。胸焼けに耐えながら、膝に手を付いて呼吸を整える。汗で濡れた身体を風が不器用に撫で付けるせいで、真夏なのに寒気を覚える。
身体を立て直すと、通路沿いの壁に貼られたポスターが視界に入る。凛々しい表情と蝶ネクタイの組み合わせが妙に合わない水鳥と目が合う。
知ったかぶりカイツブリ。
「……嫌味か」
悪態をつける程度には冷静になる。通行人がわたしに注目しているような気がする。わたしは人気を避けて南側の広場に移動する。
電車が住宅街をゆっくり切り裂きながら南向する。次に長浜駅に到着する電車に乗り込めば、米原にも彦根にも草津にも大津にも京都にも大阪にも行ける。米原駅で新幹線に乗り換えれば、東京にも二時間程度で行ける。
それにもかかわらず、わたしは今まで長浜の外に出たことがない。
それは、今日おじさんに示唆されるまでもなく、わたしが内心気付いていたから。
わたしの存在価値が長浜に依存していることに。
わたしの存在が価値として人気で測れてしまうことに。
そんな状況を無視したまま、気安く他の町に出かけることなんてできなかった。
わたしがこの世界で目覚めて間もない頃には、わたしはおじさんに連れられて長浜の観光名所を巡礼したことがあった。海洋堂ミュージアムでは、おじさんが珍しく真面目な様子で、おれの造ったフィギュアをここで展示することが夢なんだ、と無理難題を語っていたのを憶えている。
わたしはそのとき、妙な言い方ではあるけれど、展示されているフィギュアに感情移入していた。無感動に起立しているだけの彼ら彼女らが羨ましかった。わたしのような不安を覚えるだけの自意識なんて供養して、単なる石田みつなり子(仮)のフィギュアに戻りたかった。それは人間における死を意味するのかもしれないけれど、そもそもフィギュアに生きるも死ぬもないのだから、わたしはいずれ消失してもおかしくないと思った。
わたしなんて、いなくなればいいと思った。
それでも、おじさんはわたしと生活してくれた。
わたしが人間の振りをすることを認めてくれた。
おじさんは、わたしより出来のいいフィギュアが造れたら嬉しい?
それなのに、わたしはおじさんを心の底で裏切った。
「…………」
わたしは膝を抱えて顔を伏せる。
今日は何度泣けば気が済むのだろう。