若い妊婦とガラス細工
話し足りないマリコを置いて、リリエはアリサに連れられた。「ここです」と彼女が指差した建物は、やはり黒い建物だった。彼女の家もまた黒壁商店街の通りにあるが、パン屋とは違って洋風だ。「あれ?人がたくさん出入りしてる。あんなに家族がいるんですか?!」とリリエがとぼけた質問をすると、アリサは「違います、お客さんですよ。うちはガラス細工を作って売ってるんです」と笑いながら説明した。「へえ、ガラス細工ですか!早く見たいな」と言うリリエにアリサは中を案内してくれた。
テーブルやイス、棚の上にガラス細工が並べられてとてもお洒落だ。その中でリリエは一際目立つお皿に釘付けになった。「わあ、このお皿きれい」そう言うと、アリサが「そうでしょう?このお皿は大切にしてるものだから非売品なんです」と説明した。「そうなんですか」とリリエの興味は既に他へと移っていた。隣のテーブル上に、父親の形見とそっくりなペンダントを見つけたのだ。「これ、私のとそっくり!」と自分のペンダントを黒い小袋から取り出して見比べていると、それを見たアリサは「あれ?そのペンダント・・・」と何かに気づいたようだった。「どうしたんですか?」と訊ねると、「い、いえ!何でもありません」と慌てて答えた。
すると前から「お前にはガラス細工の製作を続けてもらいたかっのだがな」と、真っ黒なオールバックの髪に神経質そうな顔つきの男性がアリサに向かって言った。「もう、いつまで言うの。しつこいんだけど」と、大人びているアリサが珍しく思春期の高校生のようだ。彼女は下を向きながら、男性を「こちらは父です」とリリエに紹介した。アリサの父は「この子には才能があるんです。将来は長浜初の女性職人を夢見てました。それなのに急に妊娠なんて・・・」と、途中から悔しさと怒りが混じったような表情に変わった。そして「どうせ相手はハヤテなんだろう?分かってるんだぞ!不良と一緒になるなんて許さんからな」と怒鳴り始めた。「さあね、ハヤテだったら何なのよ。とにかくこんなとこで怒鳴るのは辞めた方がいいんじゃない?」と彼女も応戦した。アリサの父はハッと我に返ると、店内はシンとして客が驚いた表情でこちらを見ている。「も、申し訳ございません。どうぞお気になさらず」と頭を下げ、「この話はまた後だ。いつまでも誤魔化せると思うんじゃないぞ」とアリサに厳しい口調を浴びせて立ち去った。
「アリサさん、私と同い年なんですね。それなのにもうすぐお母さんなんてすごい!ガラス細工も作れちゃうなんて」とリリエが珍しく気を遣ってアリサの様子を伺った。すると「周りはみんな産むの反対したんです。でも何を言われても聞きませんでした。私はこの子を守ります、絶対」と強い意志を持った表情で、アリサは大きなお腹をさすった。「そこでリリエさんにお願いがあるんです。聞いてもらえませんか?」と言うと、「もちろん!何でも言ってください!」とリリエは快く受け入れた。続けて「それから、私たち同い年でしょう?敬語はなし!私はアリサって呼ぶから!」と言うと、「分かった!じゃあ私はリリエって呼ぶわね!」とニッコリ返し、「約束の名物も出さないとね。私の部屋を案内するわ」とアリサはリリエを店の奥へ案内した。「部屋はこの階段の先よ。前で少し待っていて」とアリサは行こうとした。「私も運ぶの手伝うよ」と申し出たリリエだったが、アリサは「ううん、いいの。一人で大丈夫よ」とリリエを制し、廊下を歩いていった。心配に思ったリリエはアリサの後を追ってみると、先程の店の方へサッと入っていった。「あれ?名物あそこにあったのかな?まあいいや」と少し気になりながらリリエは部屋の前で大人しく待つことにした。