星斗をつかむ3
「旦那様、女の方がお会いしたいと。どういたしましょう」
「女?」
「はい、ニレと告げればお分かりいただけると」
藤兵衛と顔を見合わせた。
「ここへ通ってもらえ」
囲炉裏端へきたのは、随分とトウが立っていたものの、あのニレで間違いはなかった。長い髪の毛を後ろに束ね、あの時の同じように獣皮の上着をまとっている。
「お久しぶりでございます。近く帰村とうかがい、ご相談事があってまいりました」
「ちょうど、今日戻ったところだ。それよりも、ニレ、おなごだったのか」
「申し上げておりませんでしたか。それは失礼しました。山の神は女神ゆえ、同性を嫌います。できるだけ明かさないようにいたしておりました」
ニレが云うには、山に再度羆が出ているという。それも、右耳が大きく欠損していると説明した。近くの村では家畜や人にも被害が出ている。
「それが、あの時の子熊ではないかと」
「心当たりが?」
「火薬のにおいがするときは、どんなときにも出てきませんので、あの時のことを相当警戒しているのではないかと」
囲炉裏の中で炭がはぜる音がした。酒を断ったニレは、ゆっくりと番茶をすすっていた。
「火薬を置き続ければ大丈夫なんじゃないか」
「周囲には多くの里がございます。また、火薬は高価で危険なものですし、数日でしけって匂いもなくなってしまいます」
しばらく考えて、藤兵衛にこう云った。
「気砲がいいんじゃないか」
提案を受けて、藤兵衛が立ち上がり、壁に掛けてあった空気銃をとった。ニレに手渡しながら、「これが江戸で新たに作り方を発案した気砲だ。これだと、火薬を用いずに鉛玉を撃ち出すことができる」
「威力はいかほどあるのでしょうか」
「改良を重ねた現在でも一寸(三センチ)の杉板三枚といったところだな」
「それでは……」
たしかに火薬の量は押さえていたとはいえ、三匁の弾を眉間に受けても生きていた羆と同等の相手には心細い。そう云いつつも、ニレは言葉をつなぐ。
「二三年前に、師であるヒバがお願いしたように、もう一度熊に効くものをお願いできませんか」
頷いて藤兵衛は返した。
「江戸では、有形無形のものをたくさん得ることができた。もちろん、空気銃のように形になっているものはあるが、我々の周りにある空気も集めて力を加えれば、火薬に勝るとも劣らない威力を発揮するといった知恵も得たものの一つ。これを生かして、羆用のものを作る工夫をしたいと思う」
言葉には出さなかったものの、心中「今度は、誰一人として犠牲にせず」と付け加えたのだと思った。