その日から、僕は3日間、大学をサボった。
 直樹と梓からは毎日のように「早く来い」という内容の連絡が来たが、風邪をひいた事にしておいた。
 
 翌日、笑われるのを覚悟で、大学に行くことを決め、支度をしていた時だった。
 直樹が血相を変えてやってきた。
「幾太! 風邪治ったか?」
「おう、どうしたんだよ」
「良かった。お前、葉知らんか?」
 どうせ噂を聞いてやってきたんだろうと思った。
「知らねーよ」
 直樹を見ずに答えた。
直樹は黙ったままだった。
ゆっくり振り返りながら、直樹の顔を見たときに、初めて見る真剣な表情に、只事では無いことを悟った。
「おい、どうかしたのか?」
「お前が、休んだ日から葉と連絡が取れへんねん」
「どういう事だよ?」
「梓から、葉と連絡取れへんって聞いててな、今日の朝、梓が葉の家行ったらもぬけの殻で。お前なんか知ってるかなと思って」
 僕はそれだけ聞くと、家を飛び出した。
 
 それから直樹と街中を探したが、葉はどこにも見つからなかった。
 梓に連絡を取り、合流したが、梓は泣きじゃくって平静を保てずにいた。
「どこ行ってしもたんや!」
 直樹が大声で言う。
「幾太、ほんまに何も聞いてへんのか?」
「おう」
 僕は必死で思い出そうとしたが、どこかに引っ越すとも聞いていなかった。
 その時ふと、頭をよぎったのは、葉が言っていた、「私の事は忘れちゃう」、「柳との約束」という言葉だった。
 もしかしたら柳に行けば何かわかるのかもしれないと思い、僕は走り出した。
「おい! どこ行くねん!」
 直樹が大声で僕を呼んだが、僕は無視して走った。

 それから、一旦家に寄り、自転車に乗って、柳までなりふり構わずペダルを漕ぎ、10分ほどで、僕は柳にたどり着いた。着いたときには時計は夜の十一時を指していた。
 息を乱しながら必死でやってきたものの、そこには、台風の影響で切られた柳の無残な切り株だけがあり、葉の姿はなかった。
 諦めて帰ろうとした時、側にあった看板にふと目をやった。
 そこには、「衣掛柳」と書かれていた。
 詳しく読んでみると、この地には天女伝説が残されており、その天女が羽衣を掛けた柳とされているらしい。
 しかし、それは何の手がかりにもならない。
「誰じゃ」
 後ろからいきなり呼ばれ、驚きながら振り向いた。
 そこには一人のお婆さんが立っていた。
「びっくりさせないで下さいよ」
 僕が目を目を見開いて言う。
「お前さんこそ何じゃ。こんな夜中に」
「ある女の子を探していまして。お婆さん見てませんか?」
「ほう。見とらんのう」
「お婆さんこそなんで、こんなとこにいるんですか?」
「何やら、胸騒ぎがしてな。柳さんが近頃、ざわついておるからのう」
「柳がざわつく?」
 このお婆さんの話に耳を貸している暇はなかったが、手がかりがない以上、一応聞くことにした。
「左様。お前さんよそ者じゃな? ならばこの地のことはあまり知るまい」
「何かあるんですか?」
「この看板は読んだかね?」
「はい。読みました。天女がどうとかって」
「そうじゃ。この地には天女の伝説が残されておってな、羽衣を隠された天女が地上で生活していたと言われておる」
「それで?」
「天女は、この地で暮らし、子を産んだ。その子孫がこの地には多く居るんじゃ。」
 僕はこの時、直感で葉は天女の子孫なのではないかと思った。
「それで、柳に何の関係があるの?」
「それには羽衣が大きく関係しておる。」
「羽衣?」
「諸説あるんじゃが、天女から羽衣を奪った地上人が、色々な所に隠したらしい。その一つは木の中に隠されたと言われておる。そして、去年の台風で倒れてから、柳さんがざわつきよってな」
「折れた時に中に羽衣があったていう事?」
「ワシはそんな話は聞いとらんがのぉ。どう思うかはお前さん次第じゃ」
「ありがとう。お婆さん」
 それだけ言い残し、僕は自転車を走らせ、家に帰った。

井沢純
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井沢純

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