2・海無県J、ケンジにズルを教える
「う~ん、やっぱり此処かなぁ?」
桜は本丸跡に行った後、それ以上は登らず下る事にした。帰りもバスに乗るつもりだったし、姉川古戦場がキレイに取れる場所が帰り道の途中にあったからだ。
「ま、待ってくれよ」
桜の後ろから、桜が渡したメモとペンを手に持った健司がヨロヨロとついてくる。桜が指示したように、気になった場所をメモしながら歩いている為、足取りは少々危なげだ。
「一番面白かった事って何か決めた?」
「うーん、やっぱり城が燃えてなかったって事か?」
それは、本丸に着いた時に桜がスマホで調べた事だった。小谷城は、ドラマでは信長に燃やされていることが多いが、実際には浅井家が滅んだ後も秀吉が使っていたらしい。
「お姫さん達が燃える城から逃げるシーンだから格好いいのに……」
「まあ考えてみれば、こんな山城作るのは大変だろうから、再利用するほうが合理的だよね」
ウンウンと頷きながら、桜は目の前に広がる姉川古戦場を指差した。
「で、あそこにあるのが姉川古戦場。この城が落ちる前に戦った場所なんだって。どう思う?」
桜が首を傾げると、健司は目の前の風景をじっと見た後、考え込んだ。
「うーん……意外と近いかも」
「ドラマだと、何十万人、何百万人で戦争しているように見えるけどさ、実際は数千とか数万とかの戦いだから。現場にくると、規模が小さく感じるんだよね」
またウンウンと頷いた後、桜はニヤリと笑ってメモ帳を指差した。
「じゃあ、そのことをメモしとこうか」
「へ?」
「でもそうだなぁ~此処からじゃなくて、姉川古戦場から此処を見ているつもりで」
「な、なんだよそれ」
「姉川古戦場ってさ、此処から直線距離は近いんだろうけどさ。電車やバスを使って行くと、かなり遠いんだよね。だから、車を使わない人は別の日に行ってもおかしくないんだよ」
桜はニヤニヤしながら、スマホで姉川古戦場の写真を検索した。
「で、ホラ。ネットに姉川から小谷山を見た写真があるからさ。これを見ながら絵を描けばいいんだよ。そうすれば、ページ二日分が埋まるよ」
そう言いながら、スマホに映る小谷山の写真を健司に見せる。
「えーっ……ずるくないか?」
健司が口を尖らせて言うので、桜は健司の頬を摘まんで伸ばした。
「バレなきゃいいのよ。バレなきゃ。警察じゃないんだから、調べやしないって。それとも、毎日塾でしたって描きたいの?」
桜が真顔でそう言うと、健司はますます口を尖らせた。
「……絶対嫌だ」
桜の手を叩きながら、健司はボソッと言った。それを見て、桜は再びニヤリと笑った。
「じゃあ我慢しなさいよ。ズルを我慢してする時も、たまには必要なんだからさ」