迷路、混沌
今は休むしかない、休む時なのだ……
刑部は自分に言い聞かせるように念じているが、苦しさのあまり全く眠れなかった。もう、丑三つ刻と呼ばれる深夜の時間になっていた。
身体は暑いのか寒いのかもう分からない。がたがた震えがくるが、まるで火のついた炭のように熱くなっていた。汗が身体から湧きだすように出て、水分を奪っていく。
精神もまた、身体の酷い状態がそのまま作用しているかのように乱れていた。
長崎で海に落ちたあとも、名護屋に帰ってきてからも、まともな身体の管理をしなかったせいで体調を崩してしまったということは誰より刑部が分かっている。
だが、もし長崎に関する業務を清算する前に休んだり倒れたりしてしまったら、長崎へ行く資格がなかったことになってしまう――それは治部と一緒に行動する資格がなかったことに繋がる――絶対に嫌だった。
一方で、あの黄昏の中、破壊事件について真剣に話していた治部の声が頭から離れない。
刑部の前で事細かに話をしていた以上、治部は刑部と共に事件を追って行くつもりだったはずだ。それなのにその期待を裏切ったのと同じ結果になってしまったことが刑部には辛い。何より、刑部自身、治部と一緒に事件を解決したかった。
そう、結局。
長崎での事件を清算するか、破壊事件を追うか、刑部にはどちらかしか選択できなかったのだ。
そしてそのどちらを選択しても、刑部には苦しい道しか残されていなかった。その事実が刑部を暗く、冷たい気持ちにさせた。
しかしそこは刑部。悲観的な気持ちと同時に楽観的な気持ちもまだちゃんと残っていた。その気持ちは「早く元気になればいいじゃないか」と刑部を急き立てる。
今は休むときなのだ、とずっと念じているのは急(せ)く心を抑えきれないことの裏返しだ。
――長崎の事件も、破壊事件も諦めたくなかった……今、休まなければいけないのは分かっている。だけど、俺は、もっと、もっと……
刑部の中に渦巻く様々な感情はぐちゃぐちゃに混ざり溶け、ゆっくりと流れる溶岩のように刑部の意識を侵していく。
そうした苦しみの中、とうとう刑部の意識もとろりと溶けて部屋の方々へ流れていくようだった。