予感
……ほら、もう起きねえと みんな起きてるぞ……
……佐吉、悪いが起きてくれ……
治部が身体をゆさゆさと揺さぶられて「目を覚ます」とそこは主計頭の屋敷になっている。
「なんてこと……」
治部は刑部の屋敷で夜を徹するつもりだったが、どうやら眠ってしまったらしいと悟った。治部が目に見えて落ち込んでいるので刑部も主計頭も口々に謝る。
「無理やり起こしてすまない。だが佐吉に用のある伝達係がやって来たんだ。俺や虎之助で勝手に伝達を受けるのは違うだろう?」
「そうそう、お前が疲れてるのは分かってるんだけど仕方なかったんだ、ごめん」
「ああ、いや、別に怒ってるわけじゃなくて……」
治部はむしろ、なるほどと納得していた。刑部と主計頭が夢の方から治部を強引に起こしたので、現実にいる治部は眠るしかなかったということに気付くことができた。
(こうなってしまったからにはもう、どうしようもない。少なくとも夢を見ている紀ノ介がいるおかげで、ここに紀ノ介がいるんだから無事は分かる。それに、この“今日”は“明日”起こりうることだ。これはこれで大事じゃないか)
まさに「ただでは起きない」という気持ちでもって治部は二人に礼を言うと、伝達係の報告を受け取った。
焦って伝達係がわざわざ来ていることから治部はその伝達内容が何であるか薄々勘付いていたが、やはり四回目の破壊が起こったことの報告だった。
治部は半ば意地のような気持ちで、必ず今日中に修復を行うよう命令を出した。
「見張りの兵を増やしてもまだだめだったのか」
伝達係を帰らせてから治部は顔をしかめる。
「でも見張りの兵が忍び込んだ者と遭遇して傷を負わせることが出来たんだろ? それってかなりすごいと思うけどな」
「うんうん。城の広さを考えてみろ。相手は門から素直に入ってくるわけでもないのに、そう出来ることじゃないぞ」
一緒に報告を聞いていた刑部と主計頭は下手な慰めのつもりではなく、素直に感心した。
「見張りの兵はよくやってくれたと俺も思う。でもこれ以上の有効な対策が立てられない己が嫌になる」
この夢は“明日”の写し鏡なので、治部は“明日”目覚めるときにこの報告を受けなければいけないだろう。そう考えるとげんなりした。
「まあまあ。そう煮詰まるな。今日は天守に登って殿下と茶会だ。そのとき何かいい案が思いつくかもしれない」
刑部がこれは慰めのつもりで言ったことに治部よりも主計頭が反応した。
「え!? 俺、それ知らないんだけど!?」
「ああ……これは虎之助が朝鮮に行ってしまっている前提の予定だからなあ……」
治部に配慮した結果、主計頭への配慮が足りなくなったので刑部は少し困って付け加えた。
「夢だから、何食わぬ顔して参加しても大丈夫だと思うが……ほら、虎之助の屋敷の者は虎之助がここにいても何も言わなかっただろう?」
「確かにそうだ!」
「でもなあ……」
この夢がほぼ予知夢であることを考えると、主計頭がどうするべきなのか、治部も刑部も同じ考えに収束した。刑部がそれを話そうとする前に治部が口を挟んだ。
「多分、虎之助が茶会に参加できるかできないかで言ったらできると思う。でも、予定外のことを起こせばそれがどう影響して“明日”と違ってくるか分からない。意図的に“明日”を変えたいとき以外は出来るだけ決まった予定の通りに動いた方がいいと思うんだ」
「それなら結局、俺は留守番ってことか」
主計頭はしおしおとしたが、治部の言っていることが分からないわけではない。それでもちょっと未練が残っていたところへ治部はさらに続けた。
「俺は正直なところ傷がまだ痛い。出来ればじっとしていたいが、なるべく予定通りを貫くなら行くしかないんだ」
治部が明らかに無理をして布団から立ち上がったのを見て主計頭の未練はさっぱり消えた。
「分かった。二人で、行って来てくれ」
「ごめんな」
せっかく久しぶりに会えた主計頭をこうして一人置いていくのに心が痛まないわけがない。どちらが置いて行かれるのか分からないくらい治部もしょんぼりして見える。
「まっ、せっかくだしゆっくりするのもいい! うん! 出歩くことはあっても散歩程度だ。“明日”に影響するような行動は控える!」
むしろ主計頭が治部を慰めるために空元気を出したので治部も、少し気を取り直した。
「その分、俺は“今日”を“明日”に活かすから」
主計頭との間で話がまとまったので刑部も安心して、にこにこ出来る。
「それじゃあ、俺と佐吉は一旦お暇しよう。登城の準備をしてくる」
「ああ。頑張ってな!」
そのころ、火車の女は何食わぬ顔で城の中の一員としてあくせく働くそぶりをしていた。