業火の責苦2
ほっとしたのも束の間、治部にはまだ敵が残っている。目を焼き尽くすような痛みに襲われた二人が、目を真っ赤にしながら早くも動き出した。
治部はそれを察知してすぐに相手の方へ向き直ったがどうも身体がおかしい。
少し動いただけで、先ほどまで感じていなかった怪我の痛みが溢れ出て全身を鞭うった。冷や汗が、さあっと出る。あまりの衝撃に呼吸もままならない。はっ、ひく、と浅い呼吸をなんとか行うがいつまでもつか。視界もぼやけてきた。
治部には分からなかったが、礫(つぶて)を打つことに深く集中して精神的にも身体的にも無茶をしていた反動がこのとき、やって来たのだった。
先ほどの明晰な状態とは打って変わって、治部の中ではただ「まずいことになった」という状況だけが認識されており、どうすればいいかは全く思い浮かばなかった。そもそも思考を練り上げる余裕なんてとてもじゃないが、ない。
敵も治部の異変に気付いた。またとない好機だ。
これで敵が油断してくれればよかったのだが、敵は慢心により自滅してくれるほど甘くなかった。より一層、気を引き締めて治部との距離を詰めてくる。
この二人の敵の刀は直刀で、斬るより突くのに特化した刀だった。
これも普段の治部ならすぐに気付くことがあるのだが、今の治部は相手の手持ちの武器を確認することすらおぼつかない。
とうとう、一人目の敵が刀を鋭く突き出すと、治部はなんとかその刀を払ったが、すぐさま次の突きが飛んでくる。
三回払ったところで、治部はよろめき片膝をついた。
さらに敵は一人ではない、二人だ。
一人は治部が片膝をついたことなど、まるで意に介さないように続けて刀を正面から突き出した。もう一人は今だと言わんばかりに、真っ直ぐな刀を不穏な形に構えた。治部の首を一気にかききるつもりだ。
治部には鋭い突き出しを払う元気はもう残っていなかった。わずかに残る判断力で致命傷だけは避けようと、突き出された刀に対し治部は自身の左腕を差し出した。
ずぷりと刀が腕を貫き、思わずうめき声が漏れる。
しかし、この動きが鈍くなるときが致命傷を与えるのに最もふさわしい瞬間なのだ。
治部もそれを本能的に分かっていた。
どくどくと血の流れる左腕を右手で抱え込み、右手に溜まった自分の血を、まるで打ち水をするようにそれぞれの敵の顔へばしゃりと飛ばした。
先ほど砂でしたことを次は血で同じことをしたわけだが、この攻撃は予想外だったようだ。
いや、誰しも鉄の臭いがする生暖かい他人の血液を、予期せぬ形で顔に被ってひるまないことはないだろう。
この一瞬に生まれた隙で治部は片膝を付いたままさっと足払いをかけ、敵は二人、すっ転ぶ。
治部に出来たのはここまでだった。意識は保っていたが、もう何がなんやら分からないほどだ。治部も、どさりと地面に倒れ込んだ。
(俺は頑張った。殿下にお逃げ頂くための時間が稼げた。悔いはない)
このようなことを治部は思ったが、痛みでこれも頭の中で言葉にはならなかった。
一方の敵は、足を払われて思いのほか鋭く腰を強打したが、それでもその後の動きに支障はなかった。数秒も経たないうちに立ち上がる。
そうして立ち上がるとすぐ近くに無抵抗の治部がぐったりと地面に横たわっているではないか。勝利はまさに目の前に転がっていた。
だが、そこへ鋭利に放たれた二本の矢が火車の勝利を遠ざけた。
治部を守る意図で放たれたと明確に分かる軌道を描いてやってきたそれらは、刑部が火車の射手を倒し、その矢を奪ってここへ戻ってきたことを示していた。