いざ、潜入
荷車を引いて戻ってきた左近に治部は称賛の眼差しを向けた。
「本当にうまく話を進めてきたんだな。しかも、こんなに早く」
「大したことは何もしていませんよ。本当のことを真心込めて、話しただけです」
左近は余裕の微笑みで、がらがらと荷車を引いた。治部は硬直した。
「ぇっ、儂が夢を見て未来を知った、とそのまま言ったのか?」
「ええ、そうです」
治部には本当のことを正直に話すという選択肢は初めからなかったのでひどく驚いた。
「よく、そんな話を信じてくれたな」
「はい。だから真心が必要なのです。殿だって某に、本当のことを真心込めて話してくれたではないですか」
「でも、左近と商人じゃ訳が違う……」
ぶつくさ言っている治部に、左近は少し真面目な顔になった。
「某ももちろん、真心を込めてお話しました。しかし、商人が腰を痛めないようにしようとするこの計画自体が殿の真心の賜物なのです。だからそのことをきちんとお話すれば大丈夫だと思いました」
「うん……そうか」
治部は唇を小さく、きゅ、と嚙んだ。これは照れを隠すときの表情であることを左近にはすでに見抜かれている。自分の意識していなかった善性を指摘されるのはこそばゆいものだろう。
左近は心のなかでのみ、にちょりと笑って気付いていないふりをした。
治部にとって最も気になっていることはもちろん、この現実の世界で再び“使いの者”に遭遇出来るのだろうかということだったが、あのおしゃべりな成二郎と左近が出会ったとき、どのような反応が起こるのかということにも興味をそそられるものがあった。
その結論はと言うと、成二郎は夢の中で会ったときよりも随分と大人しくなっていたという結果に終わった。左近が治部の背後で、治部が舐められないために無言の威圧感を放つせいだった。
「左近。成二郎はほとんど話をしなかったが夢の中ではさっきの百倍は喋っていたんだぞ」
夢の中とは真逆も真逆、場があまりにも持たないほど静かになってしまったので一度、荷物を運び入れてくると言って治部と左近はその場を離れてきた。
「某は何も悪いことはしていません」
左近は何食わぬ顔で荷物を運んでいる。成二郎が黙々と作業した分、治部が夢の中で持っていたより荷物は多い。
「どうして人と会うと、ああなるかな」
治部は左近の心知らず、ぼやいたが、これが左近の恐れられる噂の理由になっているらしかった。
「そのようなことより、例の不届き者が現れたら教えてくださいよ。この人気(ひとけ)のない廊下で、殿に仇なす輩が現れると思うと、誰これと確認せずに気配だけですぐ誅してしまいそうになるので」
左近は薄く微笑んでいるが、目は全く笑っていない。治部には更に、左近のぴりぴりした殺気が感じられた。
「殺してはだめだぞ。尋問しないといけない」
「そうでした。う~む、難しいことを仰いますな」
「夢の通りなら、例の輩はこの廊下を曲がった先にいたが……」