絵師たちの葛藤
こちらは挿絵班。陽が沈みかけている時間帯となっている。
「おお、吉次郎、一枚描けたのか⁉」
「まっ、俺様にかかればこんなもんよ」
確かに、見事な挿絵が出来ていた。主人公・重数の主君、兼政の武者姿であり、戦の一場面だ。兼政の周りには、元服してまだ間もない重数やその親友・則道、また兼政の死をきっかけに敵同士になってしまう、同僚の若武者たちも描かれている。
勿論、吉次郎は「桜下覚鏡」を全て読んでおり、これから先がどうなるかを知っている訳なのだが、絵からは悲しい結末を一切感じさせず、兼政たちは夢と希望に溢れて生き生きとしていた。
「流石だなあ。俺も負けてらんねぇ! ……んだけどなぁ……」
武助はいつもの元気はどこへやら、しょぼくれた顔をしている。曙山も、色々描いてはみているが納得がいかないようで、すぐに紙は丸められている。
本来、物語を書いた作者が構図の決まった絵を実際に描き、絵師にどのような絵を完成させて欲しいのか指定をするのがこの時代の普通だった。
だが、この「桜下覚鏡」はまず出版される前提ではなかったことから絵の指定も存在していない。
どの場面を絵にするかまでは三人で話し合って決められたものの、それをどう絵に表すかはそれぞれの悩みどころだった。
「覚悟はしてたつもりだけどこれ、ほんと大変だな。俺の解釈がおかしかったら、話の印象まで変わっちゃう……」
武助はやや青ざめている。
「まぁ、言い方悪いが『死人に口なし』だ。頑張ってやって、違ってたんじゃもう、しょうがねぇよ」
吉次郎の言葉は自分に言い聞かせているようでもあった。
「だからよ、ほら、とにかく手を動かせ。殿サンみたいによ」
その言葉で曙山は顔を上げて、申し訳なさそうに、ふにゃりと笑った。
「私は全身全霊頑張るつもりでいるのだが……どうも私が担当できる挿絵は一枚が限界のようだ」
「えっ、待てよ、殿サンそれは話が違うぜ」
吉次郎は慌てた。
「すまない、どうしても、私はこの場面を集中して描きたいのだ。ここで手を抜きたくない」
曙山が言っているのは、桜の木の下に死んだ重数の姿が現れ、則道がそれを見つける場面だった。
「読者はここで見事な桜を頭の中で思い浮かべるはずだ。ここで桜の美しさをしっかり描きこまないと、読者の想像した桜の美しさに力負けしてしまうだろう。ここの絵が陳腐になれば、物語の質に影響を与えかねないと思うのだ」
「そうは言ってもよ……」
曙山の周りには丸められた紙が沢山あるが、その中で唯一丸められていない紙が曙山の目の前にある。
まさしく蘭画らしい、くっきりとした遠近感を目指す構図がそこに広がっていた。また、桜の木と、この世の者ではなくなったと分かる、精霊然とした重数、彼と話をする則道が大まかに描かれている。
「なんだい、これは……こんな構図の挿絵、見たことがねえぜ」
吉次郎は面白さでぞくぞくと震えが来た。笑みを抑えることが出来ない。
「この構図でいくって決めたんだな」
曙山が申し訳なさそうにする意味も吉次郎には分かった。曙山が目指すのは物語の挿絵ではあるものの、あくまで現実的な描写なのだ。幹の皺一つ一つに嘘をつかない、桜の花びら全てに命を宿す——そういうものが描きたいのだ。
「やらせてくれるか」
「吉次郎、俺からも頼むよ。俺が、殿の担当するはずだった他の分も頑張るから!」
武助はつい先ほどまでの弱々しい態度がどこかへ行って、大変凛々しくなっていた。
「殿は、本当にすごい。殿が本気を出して、この絵を完成させるところを俺も見たい。俺は馬鹿だ、泣き言ばかりで、ウジウジして。やっぱり絵を描くことって、こうでなくっちゃって、殿の絵を見て思い知らされたよ」
曙山も、挿絵を描くことへの重圧を感じていなかったわけではない。ただ、構図を考えていたら、楽しくて、楽しくて、いつの間にかどのような絵を完成させられたら最高かを考えることだけに集中していた。そして、曙山の絵に対する姿勢に、武助の魂が共鳴して火が灯った。
「武助、俺様もお前と気持ちは一緒だ。殿サンは、その絵を悔いなく完成させることに集中してくれ! あとのことは俺様と武助に任せな!」
吉次郎の完成させた一枚目の挿絵は十分に素晴らしい挿絵だったが、曙山の絵の目指すところを知ってしまい、吉次郎にも「まだまだ!」と思う気持ちが芽生える。
「二人とも、ありがとう。やるぞ!」
「「おお!」」
部屋の中は若い絵師たちの熱気で満ち溢れた。