辿りついた真実
刻一刻と時間は過ぎ、日付も変わり、今は深夜となっている。
菊之丞は本来なら客を取らなければいけない時間帯であるが、源内と重三郎が店へ金を積んだために、昼と変わらず、そのまま源内と重三郎と共に一緒にいた。
「遅いわね、まだ帰ってこないのかしら」
ロクが金銭面のだらしなさにつけこまれ、誰かに依頼されて『桜下覚鏡』の出版を妨害していると仮定を立てた。その真実を知るために賭場へ丁稚を遣ってから随分と経っている。
「まさか、ワシらの動きがバレて逆に捕まっとるんとちゃうか」
源内も流石に遅すぎると、嫌な予感がする。
「もうちっと待ってくれい。あいつは大丈夫だ。そう、ヘマをするヤツじゃねェ」
「と言うてもなぁ……」
源内と菊之丞が焦り始め、重三郎が二人をまぁまぁと落ち着かせているとき、ようやく使いに出した丁稚が帰ってきた。
「ほら、見ろ! ちゃんと帰ってきた!」
「すみません、遅くなりました! が、ちゃんと情報は掴みました!」
源内から見た丁稚は、確かに油断のない顔をしていて、若いながらに聡いところが感じられた。
「よし、よくやった! でかした!」
重三郎は帰ってきた丁稚の頭をわしゃわしゃと撫でまわし、満面の笑みで抱きしめた。
「旦那さま、オレは犬じゃないんですから!」
丁稚もそうは言うものの、嬉しそうな顔をしている。
「で、何が分かったんや? 聞かせてもらえるか」
「はい!」
丁稚は賭場で聞いてきた情報を語りはじめた。
「まず、ロクさんについてですが、旦那さま方のお見立て通り、やはり金で雇われて嫌がらせをしたようです。ロクさん、賭場で酔ってつい、それらしきことを漏らしたのを聞いていた人がいました」
「はァ。そうか。あいつ、後でただじゃおかねェ」
重三郎は口では怒っているが、目からは優しさが消えていなかった。むしろ、ホッとしているようにも見える。少なくとも、自発的に何か嫌がらせをしたのではなかった。それが、重三郎にとっては大事だった。
「じゃあ、誰がロクを金で釣ってやらせたかやな? それも分かったんか?」
源内が聞くと、丁稚は自信満々にうなずいた。
「はい。芹戸屋の若坊にございます」
「芹戸屋というと、あの、呉服の?」
「そうです」
源内はどうして呉服屋が『桜下覚鏡』の出版を邪魔するのかさっぱり分からないので、大きく首をかしげた。
しかし、重三郎と菊之丞には納得のいく答えだったようだ。
「なるほどね、あの馬鹿坊だものね」
「先生、芹戸屋の若坊は、とにかく阿呆なのさ。そのくせ、家が太いだろ? 我儘やりたい放題なのさ」
重三郎はやれやれと言った様子で首を振る。
「どうせ、くだらないことで癇癪を起こしたに決まってるわ、そうでしょう?」
菊之丞に促されて、丁稚はこくこくと頷くが、美しい菊之丞に真っすぐ見つめられたせいで耳まで赤くなっている。
「はい、ええと、偶然、若坊が賭場にいたとき、ロクさんもそこにいて、『桜下覚鏡』のことをちょっと喋っちゃったみたいなんですね、このときもロクさん酔ってたみたいなんですが……それで、若坊が怒って……」
「怒る? なんでや?」
「『桜下覚鏡』は、本当は自分が書こうとしていた内容を真似しているとかなんとか……」
「「はぁ?」」
源内と重三郎の声が重なり、菊之丞は大きめのため息をついた。
「あと、田舎者が自分を差し置いて、勝手に作家になるのが許せない、とか。それで、『桜下覚鏡』の出版の邪魔をしようとなったみたいです。」
「それでそうなるのがすげェな。馬鹿坊は作家になりたいのか? ……にしても、色々とおかしいが……まぁ、馬鹿坊の気持ちを汲み取ろうとするだけ無駄か」
色々な人間を見てきた重三郎でさえも、これには軽く引いている。
「よっぽど、若坊怒ってたみたいですよ。暴れて、手もつけられないくらい」
そう話す丁稚の顔がとても苦々しさが、いかにそのとき大変なことになったかを伝えていた。
「うわぁ……こっちはなんも悪ないのに、そんな恨みを買うなんて、誰が分かるっていうんや」
源内は若坊の評判を知らなかったために、余計に得体が知れなくて薄気味悪い。それでだろうか、源内はある重要なことに気が付いた。
「なぁ、蔦重、もしかして、ロクは新しく挿絵が出来ることを知っとるんか?」
「あぁ、知ってるはず…………」
源内と同じことに思い至った重三郎の顔から血の気が引いていく。菊之丞も二人の会話で、ことの重大さに気付いた。
「ロクがまた若坊にそのことを報告していたら、次は若坊、どんな手に出るか分からないじゃない!」
「挿絵を描いている三人が危ない。悪ィ、そこまで気が回らなかった!」
重三郎はパンと手を叩いて拝み倒す。
「今分かったことやけん、しゃあない! 今はそれより、早く三人のところへ行かな! 菊之丞はここで待っててくれ」
「先生、蔦屋さま、丁稚さんも、どうかお気をつけて」
菊之丞は祈るような気持ちで三人を送り出した。